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ポールスミス(PAUL SMITH)のファッション通販をご紹介しています。腕時計、時計、ウォッチ、コート、スーツ、ジッポー、ジーンズ、バック、ジャケット、トレンチ、ダウン、シャツ、スニーカー、ミニ、カバン、セーター、シューズ
※価格は掲載時のものです。変動している場合がありますのでご注意ください。



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ポールスミス/PAUL SMITH.の歴史
「アイテム自体のシルエット・カッティングはオーソドックスながら、色使いやひねりが特徴的」

ポールスミスの出発点は男性服です。「ひねりのあるクラッシック」と評する彼のスタイルは英国の伝統的な技術や、仕立て、デザインとさりげない遊び心が共存して個性的な深みをもっています。
メンズスーツはいわゆるトラッド系に属し、全身・若しくは単品で一点豪華主義を狙えるようなナンセンスなことが可能なブランドではなく、日常的に愛用し、自分のセンスで、新しい世界観を構築できるブランドです。知識やセンスが磨かれた大人に、身に着けてもらいたいブランドでもあります。

また、有名メーカーへの別注品も多く、クロケット&ジョーンズ、トリッカーズ、アンナ・マトッツオなど超一流どころがそろっています。彼自身も自社アイテムに固執せず、他ブランドも巧みに取り入れた着こなしを得意としています。
日本では様々なアイテムの同時展開、女性誌にも特集記事を出すプレス活動、そして日本生産による販売価格の大幅削減などで人気を得ました。

ポールスミス フローラル

英国を代表するデザイナー「ポールスミス」と調香師アーサーバーナムが創り上げたフレグランス。

ポールスミス」の独創的なフレグランスの世界に、女性に贈る新しい香り「ポールスミス フローラル」が登場。
”生きる喜び”をモットーとするポールらしく、ポップな趣、ヒッピー的思考、エキセントリックな70年台のフラワーパワーの精神を愛らしくスパイシーに表現しながらも、そこに伝統的なエッセンスを取り入れ、なおかつひねりを効かせたクセになるようなフローラルの香りです。

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■ポールスミスの歴史

1946年7月5日 「ポールスミス」は、イギリスのノッティンガムに生まれました。 少年時代は、自転車競技で身を立てるべく、レーサーをめざしていましたが、15歳の時、事故に遭遇。重傷を負い、レーサーへの道を断念せざるを得なくなりました。
しかし、失意のうち、通っていたパブでアートスクールの学生達と仲良くなり、彼等の仲介役をあれこれ果たすうちに、アートの世界の魅力にしだいにひかれていきました。
一時期、ノッティンガムのテーラードの店員だったころ、店の主人から貸してもらった、バックルームを使い、ショップを開いて金曜と土曜に自分で商品を売ったりしています。

1970年10月 24歳になった「ポールスミス」は、貯金の全額を払って自身の故郷、イギリスのノッティンガムにショップを開きます。当初、マーガレット・ハウエルやケンゾーを扱っていたが、徐々に自らデザインしたアイテムを扱い始め、後に「ファイロファックス」、「ボクサー・ショーツ」や8ボタンのポロシャツ等を世に輩出しています。
その後4年間で専門的なデザインワークとビジネスについてのあらゆることを学び取り、ノッティンガムのショップや、オーガナイザーとして、ロンドンのファッション業界で噂されるほどになっていきました。

1974年 噂を聞きつけた「ブラウンズ社」に、専任のコーディネーター兼デザイナーとして採用されます。そこで3年間同社の買いつけとブラウンズブランドの商品デザインを担当し、同社の名声を高める大きな原動力となりました。

1976年 初めてオリジナルブランドを作成します。自分のデザインのブランドロゴ入りシャツを自ら売り込みに回りました。

1977年 初めて自分のコレクション・ショーを開きます。当時、ドロテ・ビスのデザイナーであったキース・バーティとアラン・クリーバーが所有していたパリのアパートメントの一室を借り、そこを会場にしました。モデルは友人をかり集め、フィッターもポーリーンや友人が担当しました。手作りのショーでしたが、結果は大成功でした。 翌年から、毎年パリで展示会を開けるほどになりました。

1978年 セームの展示会に期間を合わせ、パリのホテルの一室で展示会を一週間催しました。また、I・W・S(国際羊毛事務局)のデザインコンサルトや、著名な素材メーカー「レイ・ミルズ社」のカラーコンサルタントなども兼ね、実績を着々と重ねていきました。

1979年 33歳になった年、念願だったロンドン市内にショップをオープンします。場所は元々野菜市場だったコベントガーデン。現在この店は、その後10年間に隣接する店を次々と買い足し、4店が並ぶ規模に成長しています。
これからは、ロンドンのみならず、世界のファッション市場で、「ポールスミス」の評価はますます高まっていきました。1980年代に登場したヤッピーにとっては、トラッドの基調に高級感溢れるモダン感覚が加わった「ポールスミス」の服を着ることはステイタスの象徴となりました。
1982年 ロンドン、アベリロウに開店、同年、日本企業のジョイックス・コーポレーションと提携し日本に進出しました。
1984年 日本の東京南青山に直営店を開店しました。
1987年 ニューヨークに、次々とオリジナルショップが誕生して行きました。
1989年 英国の名門デパート『ハロッズ』に単独のコーナーショップがオープンしました。
1991年 英国産業デザイナー賞を受賞。同年11月 東京に旗艦店をオープン。
1993年 ジーンズブランドとして「ポールスミス ジーンズ」を発表。
1994年 カジュアルラインとして「アール・ニューボールド」を発表。同年 S/Sよりレディスライン、「ポールスミス ウィメン」を発表。
1997年 労働党の新政権下にある文化・メディア・スポーツ・創造産業に関する特別専門委員会への参加を招請されました。

1998年 ローバー社の「ミニ」の内外装をデザインしました。名付けて「ポールスミス ミニ」。同年「GQマン・オブ・ジ・イヤー」を受賞。
1999年8月 「ポールスミス シューズ」を発表。
2000年7月 ロンドンとパリで香水「ポールスミス パルファン」を発表。同年11月デザインと輸出への貢献に対して、ファッションデザイナーとしてはハーディ・エイミスに続き2人目となる、サーの称号で呼ばれる「ナイト爵位」をエリザベス女王から授与されました。

2001年2月ミラノにショップをオープン、同年3月日本の代官山にオープンしています。

現在、各分野の世界的リーダーと言える人々を多数、顧客リストに持つ「ポールスミス」は、海外では押しも押されぬ高級ブランドとなっています。


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